プロフィール(旧)

どうもはじめまして、Banana Smoothy運営者のTeru(テル)です。

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Change your mindset, change your actions. ― 考え方が変われば、行動も変わる。

そんな想いを胸に、オーストラリアからサーフィンやビジネス、海外ライフなど、少しだけ役立つリアルな情報を自分なりの視点でユルっと発信中。

このメディア「Banana Smoothy」は、海外市場に興味はあるけれど、不安や迷いもある…そんな企業や個人のチャレンジを、できるだけ身近な視点でサポートしたいと思っています。

好きなことを仕事にしたい人、自由に生きたい人、バナナスムージーが好きな人(?)とも、気軽につながれたら嬉しいです。

Banana Smoothy State of Mind. ― それは、自由を楽しむ思考回路。

所属等

・Seekways Global Pty Ltd 代表
・Batteries Direct Global Pty Ltd 代表
・中小企業特化型検索サイト bizfinda® 運営
・情報メディアサイト Banana Smoothy 運営
・教育関連IT企業 GLJ Group 参画
・SBC(湘南ビジネスコーチ株式会社)参画
・海外進出支援サービス Xiphos Japan 参画
・オーストラリア・シドニー在住

名前:Teru

Teruはマサテルの「テル」。幼少の頃から「テル」と呼ばれてます。ごく稀に「マサ」と呼ばれますが、全く気づきません(笑)

生まれ:1977年

自分が生まれたこの年が一番好き!77という数字の並びもカッコいい。1977年生まれは最高でございます。

出身:東京都

さて地元はどこでしょう?【ヒント】羽田空港がある区です。

血液型:O型

よく「A型?」と聞かれます。血液型占いで「O型の性格あるある」を見ると、かなりの確率で当たってる・・・なぜ?不思議ですよね〜

趣味:サーフィン・キャンプ・バーベキュー・ビール

キャンプに行って、サーフィンして、海上がりにバーベキュー&ビール。至福の時間ですよね〜

職業:自営業

複数の事業を同時にやっているので「自営業」がしっくりくるかもしれません。要は、なんでも屋です(笑)

家族:妻・子供2人

自分にとっての楽しみ、喜びです!いつも明るく賑やかに過ごしています。

好きな食べ物:寿司・とんかつ・モツ(鍋・焼き・煮込み)

寿司は貝類が大好物。とんかつは何もつけず揚げたてをそのままサクッと食べるのが好き。モツのぷるんとした脂肪が大好き!

嫌いな食べ物:無し

本当です!さすがにゲテモノは厳しいですが、好き嫌いは全く無いんです。

好きな音楽:ありすぎ!

パンク、メロコア、レゲエ、ヒップホップ、ジャズ、クラッシック、ハウス、テクノ、トランスなんでも聞きます。特に自分が中学生~高校生だった90年代半ば~後半の洋楽にかなりの影響を受けました。今でもその年代の音楽を聞いています。

小学校時代:普通の少年

外で遊ぶのが大好きで近くの公園の砂場で当時は流行っていた「ビーゴロ」を朝から晩までやっていましたね~。

その他にはプラモデル作ったり、ラジコン作ったり。プラモデルはガンプラ、ジオラマ、飛行機、お城、なんでもござれ。

近所のプラモデル屋さんにしょっちゅう行っていました。店長はプラモ狂四郎の漫画に出てくる模型ショップ「クラフト・マン」の店長にそっくりでした!

はじめて作ったラジコンはタミヤが当時発売したばかりの本格派4WDバキー「ホットショット!」小学校2年生の誕生日に買ってもらいました~♪

地元の皆さん御用達のダイ◯ン百貨店5階にあったおもちゃ売り場に飾ってあったのを虎視眈々と狙っていましたね(笑)

プロポ(操縦機)は別売り。習いごとのそろばんの級が上がるのが条件で約半年後に買ってもらいました。

完成後の初走行で配線を間違えてバッテリーがショート、煙がモクモクと出たのを覚えています。

一度も走行せずに・・・確か泣きながら家に帰ったはずです(悲)

小学校3年生からは地域の軟式少年野球チームに入り、そこから野球一色の生活が始まります。朝練は火・水・木・金の週4日。たまに土曜日も練習して、日曜日は試合か練習という日々・・・

中学校時代:卒業するまでガッツリ野球をやる

地元の中学校に入学。相変わらず野球は継続。朝練は火・木に変わったものの試合数は多かった。

中学1年、2年生の担任の先生は体育教師。身長180センチ以上、体重100キロ以上あり。元警察?というウワサだった。とにかく勉強に厳しくて、怖かったけど、今振り返ると理解のある先生だったと思います。

ちょうど思春期ど真ん中。中学2年生の時に流行った「ダンス甲子園」にモロ影響を受けて、ダンスを見よう見まねで始める。

この頃から洋楽、特にヒップホップ(当時はラップと呼ばれていた)を聞きはじめました。

情報収集はもっぱら当時深夜番組でやっていたダンス番組「Club DADA」。タイマーをセットしてVHSビデオに録画していました。

服装は出演者のzooをマネして、靴はバッシュ(バスケットシューズ)。髪型は野球少年だったのでスポ刈りをハマーカット風に(笑)

番組内で紹介される曲名のテロップを一時停止してメモにかいて、レンタルビデオ屋さんや◯ワーレコードの輸入盤CDのコーナーをチェックし始めたのもこの頃。

気になる曲を借りてはカセットに録音してました。Vannila Ice, 2 unlimited, Bobby Brown, C+C Music Factory, LL Cool J, Maria Carry, Black Box, Janet Jackson, Shanice, Guy, Heavy D & The Boys などなど・・・

あげるとキリがないのですね~

ちなみに邦楽はというと、BOOWY、ブルーハーツ、ジュンスカイウォーカーズ、Zoo、ジッタリンジン、レピッシュ、タイマーズ、ZARD、森高千里など・・・

時代背景と僕の好みがバレバレですね(笑)

高校時代:横ノリ系にどっぷりハマる

中学3年生の夏が終わってから卒業するまでの約半年間、硬式野球教室に入って、基礎体力づくりや地元の高校野球部に混ざって高校野球の準備をしていました。

ただ、そこで感じたのは「自分は全く通用しない」ということです。

今まで地元の野球チームで戦っていた相手と一緒に練習し始め、情熱やレベルの違いを感じたり、高校野球の推薦枠やその仕組みなど、大人の事情も知ったり・・・

野球を続けることに疑問を持つようになったのもこの頃です。

当初野球をするために港区芝公園、東京タワーの真下にある私立高校へ入学する予定でした。しかし、推薦枠が取れず、行くところがなくなりました・・・

どうにかこうにか学校推薦で都会のど真ん中、目黒区にある男子校に入学。土地柄、高校へ通っていた3年間は当時流行りだったあらゆるモノやコトに影響を受けました。

ダンス、音楽、ストリートカルチャー、ファッション、スケボー、サーフィン。今思うと、この頃の体験が今の自分を形成したと言っても過言ではありません。

行き当たりばったりのオーストラリア生活

1998年4月、宿も行く先も決めないままサーフボード片手にバックパックを背負ってオーストラリア、シドニー空港に到着。全く英語も話せず、約2時間空港でウロウロ(半泣き状態)。

意を決して当時、某大手旅行会社が発行していた「ひとり歩きの英語自遊自在」という本を見せながらインフォメーションカウンターの女性に身振り手振りでボンダイビーチ、もしくはマンリービーチに行きたいと伝える。そこからはビザの綱渡り。

ワーホリ→学生→観光→学生→ビジネス→永住権→現在。全てのビザを渡り歩く。アルバイトを含め今まで経験した職業は25種。10年間務めたローカル企業を辞め、独立。現在に至る。

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